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なんのために生きているのか?



人は何を大切にして日々を過ごしているのだろうか。僕には大切なものが明確にある。それを蔑ろにして誤魔化しながら生きていくことは僕にはできない。自分よりも立場が上であろうが、客先であろうが、自分の信念を貫きたいと思う。はっきりと書くけれど、いまの会社に貫くべき「何か」は見当たらなくなってしまった。だから僕はさっさと身を引く。だらだらと保身だけで延命治療の如く会社に属することは僕の考える生き方には程遠い。祖父の最後を目の当たりにして、いまさらそんなことはできる筈がない。「生きてたら良いことがある」そう言った祖父の目に映っていたものこそを追求したい。「数字は嘘をつかない」と思っているような人を信用できない。数字は嘘もつかないが真実もない。あるのは盲信だけだ。数字を明確なものとして掴むことができる人など存在しない。存在しないものに無思考のまま食らいつくという行為そのものがカルトであり、僕に恐怖心を抱かせる。お金がすべてじゃない。僕の務める会社はとにかく給料が安いのだけれど、それが退職の決め手になっているのでは断じてない。蔓延する気配それ自体があまりに不遜なのだ。僕は絶対に染まりたくないと思った。染まらなければこの組織では生きていけないという風潮をこそ恐れた。昨年の暮れには僕は危うく自分の顔を失うところだった。窮地を救ってくれたのは妻であり、ふたりの息子たちだった。妻は会社宛てに「言葉」を送った。それ以降の顛末は記すまい。史苑と巴音は大切なものを気付かせてくれた。退職を決めて、早めに帰路に就くことができ、まだ息子たちの起きている時間帯に玄関を開けた僕を、こちらにエネルギーの波動が伝わってくるほどの勢いで迎え入れハグしてくれる史苑。「おっとー!帰ってきたー!」という威勢の良い声が廊下に反響するのを聞いて、リスクを背負いながらも、自分の選んだ道が間違いではないと素直に思えた。

本日の一枚。Azeri Günel / ADI YOK
adi-yok.jpg

正月に実家に帰った際にBaaちゃんのCD棚から発掘した素晴らしい作品。久々に聴くと、購入した当時よりも新鮮で「うわー、これこんなに良かったんかぁ」と嘆息した次第である。ミディアム・スローな楽曲とダンス・ナンバーがバランス良く配置され、アゼリ・ギュネル嬢の歌声も濃厚すぎず、軽すぎず、とても耳心地が良くて最高。しっとり聴けるし、楽しく踊れるし、ポップスと古典の旨味がギュネルっと詰まった傑作中の傑作。最近トルコ音楽にパッとするのがなかっただけに嬉しい再発見だった。タイトル曲「Adi Yok」を、どうぞ。
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未分類 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2016/01/06 22:49
コメント
No title
土井さんに「かお」と、そこにちゃんといるなっていう存在感が戻って来たら会いましょう^^
家庭を持つ方にはあまりにも軽い言葉かもしれませんが、道はいっぱいあります。本当に。探すのが大変なだけです。でも探せますよ。土井さんなら。そういうの好きでしょ?(笑)
心の疲弊の回復は体の回復は比例していない事が多いです。気をつけてね。

かく言う私も現在新しい仕事に就いて3日目だったりします。今選んだ道は先の見えない不安と得体の知れない恐怖の方が大きいです。でも不思議と心は澱んでいません。ほんの少しですが、以前には感じられなかった期待や希望もあるんです。
心に生えたこの芽を育てたい、そんな気持ちです。とても清々しいです。

土井さんにこの気持ちが訪れる日が、出来るだけ早く来る事を願います。
でも、今はちゃんと休む事が仕事だと思ってくださいね。
勇気の決断
社会人とはなんなのか…

また会った時にでも話したいもので、ここでは多くは書きませんが。

社会人である前に一人の人間でありそしてパパである。

下した決断は僕からすれば凄い決断だけどね。






No title
ちーずさん

貴女はいつも良き理解者であり厳しさと優しさが同居した感情を伝えてくれるので、僕は密かに感動しているんだよ。いつもありがとう。また会ってゆっくり話をしよう。今回は挫折感は微塵もなくて、これも自分の生き方に必要な過程なんだと覚悟を決めています。

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