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我が子との時間



青木淳悟さんの『学校の近くの家』がすこぶる面白い。学校の近くの家に住む小学5年生(男子)の心境をあらゆる角度から検証する学校あるある小説なんだけれど、全7編がすべて同じ話と言うか、切り取る角度が違うだけで、まるでレゲエのダブ・ヴァージョンがいくつも収録されたLPを聴いているような錯覚に囚われる。こんな小説を書いて誰が喜ぶのか?それはもちろん著者である。だからこそ信頼に足る。僕はこういう小説が大好物だ。さてさて、学校の近くのマンションに住む無職のオッサンと化した(実際はまだ会社に属している)僕であるが、いまのところ実に規則正しい生活を送っている。朝からこどもたちと食事をして、史苑を保育所に送り出した後は部屋の掃除、洗濯、食器洗い。それらが済んだら巴音を連れて近所の公園を散歩する。こういう言い方をすると誤解を招くかもしれないけれど、いまはじめて巴音ときちんと向き合えているような気がしている。仕事をしているときは巴音と接する機会があまりに少なく、休日は史苑で手一杯という感じだった。いま僕は巴音の愛らしさに改めてキュンキュンきている(笑)。食べること、散歩、兄の史苑のことが大好きな次男坊は、本当にステキな笑顔の持ち主で、親だからこそなんだろうけど、見ていて本当にクセになる。どんどん自己主張も強くなっているので頼もしい限り。よくサラリーマンとかが「あの人が辞めたら組織が機能しない」とか「俺がこの会社を支えている」なんていう勘違いも甚だしい発言をするけれど、企業なんてものは誰が残ろうがそれなりにまわっていくものだし、それで破綻するような会社は所詮は会社じゃない。でもそれぞれの家庭に代わりはいない。いまの家族のカタチはいましか存在しないし、いまのこどもと向き合えるのはいまだけなのだ。当たり前のことだけれど、母に父の役割はできないし、父に母の役割はできない。これは夫婦の間でも同じことが言える。僕たちが働いている間に妻と子がどのような時間を過ごしているか、少しでも垣間見ることができたら、幸せだ。こどもが何を食べて、何をして笑っているかを知らないで生きていくことは僕にはできない。あくまでも僕の考え方なので家族の数だけ哲学は存在するのだろうし、とにかくいまは巴音の魅力を堪能し、家族との時間を大切にしたい。

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こう見えて、歯も4本生えて来たんだぜ!

本日の一枚。METAL FINGERS / SPECIAL HERBS vol.2
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断捨離を敢行するなか、CD棚の奥底から出てきて、久々に聴いたらあまりに気持ちよくって抜け出せなくなった一枚。やっぱりドゥームはこの時代のこのシリーズをやっていた頃が最もキレがあったな。いや、音的にはキレはないんだけどね。往年のソウル、ジャズ、ファンク、ブルースなんかが、イリーガルな薬草学として流用されたスモーカーによるスモーカーの為のサンプリング・コラージュ集なんだから。ぶつ切りにされた素材の旨味成分のみを抽出し、貼り付け、ひたすらにループさせ、気怠いグルーヴを以って、ヒップホップ以降の新たなビートミュージックを創造している。何度聴いてもクセになる。こちらで全部聴ける。
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未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/01/15 22:36
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