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肴の対話



【2月22日】
「棺によせて」の再々々々推敲。つい先日「これ以上に捏ねくりまわすと物語のバランスが崩れる恐れがある」みたいなことを書いたばかりなんだけれど、こないだのモデルルームでのやりとりが火種となり、新たなアイデアが降って湧いた。よって最終版が100枚に到達。結果的に目標に達した次第だ。これで様々な文学賞に応募できるぞ。しかもこれも目標にしていたことだけれども、現職の有休消化期間中に間に合わせることができた。もちろんこれで一安心という訳ではないが、一区切りはついた。しかしこれから先の方が大変なのだ。これらの原稿を自己負担なしで世の中に送り出す方策を練る。なんとかする。絶対に。とある方からの初校を読んで頂いた感想が「理解不能」というものだったのだけれど、これは直接ご本人から聞いた訳ではないので、改めて機会を頂戴するつもり。色んな方の感想を聞くのは本当に励みになる。そう言えば坂口恭平さんの『家族の哲学』に以下のような言葉が書かれていた。「理由なんか考えずに、ただ書けばいい。それしかない。それが何かの役に立つなんてことを考えてたら、日が暮れるぞ。書く。書くことが楽しいとかどうとかどうでもいいから、本を読んでいないと何も知らないとかもどうでもいいから、ただ書け。書けば時間が流れる。それ以外にお前がやることがあるのか?」

【2月23日】
午前中に巴音を連れて「ひだまりルーム」へ行く。ここは同級生のお母さんが働いていて、僕も十数年ぶりに顔を合わせて話をすることができた。Mちゃんのおばちゃんは僕を見てもなかなか僕とわからずにハッと気づいたときには驚いていたけれど、大体の人が僕を見ても「昔から変わらない」という感想を抱くのに、おばちゃんからは「えらい雰囲気が変わったね」と言われ、こちらも新鮮な気分になる。僕のよく知るMちゃんは非常にモテる男だったけど、どうやら現在も独身のようで、おばちゃんは「えらい差をつけてくれたなぁ」と笑っていた。幸福は各自の手の中だな。余所様とこの子との交流も楽しかった。また来るよ、おばちゃん。その後はシネリーブル梅田にて『ジョーのあした』を鑑賞。客は5名程度だったけれど、素晴らしい映画だった。夜はTBMのお客様にあたる方と食事。いまだから話せるあんなことやこんなことを明け透けに語って下さったので、他者が僕たちに抱く印象や実態を知ることができて面白かった。ここの会社の方とも僕はなんども衝突をしたけれど、いまもこうしてお酒を酌み交わせる関係にあることを嬉しく思う。本音を貫き通せた方こそ、いまだに交流が継続している。それにしてもカップル席でオーナーさん(男性)とふたりきりという空間も新鮮だったなぁ(笑)。

【2月24日】
祖母の17回忌。家族で読経、お墓参り。もう17年、まだ17年。とにかく色んなことがあった17年間だった。あの日、しがない服飾専門学生だった僕は、二児の父親になり、それでもやっぱり定職には就いていない。でも何とかするよ。ばあちゃん、じいちゃん、笑って見ていて下さい。夜はTBMの営業課長と食事。先日の伊丹の祭りでも偶然遭遇したりと、何かと縁のある上司。この人はビルメン・プロパーではないだけに、仕事以外の話はとても噛み合う(笑)。仕事では衝突の連続だったけど、僕の企画部としての最終案件では課長と一緒に立ち上げて、思い出深い一件となっている。仕事、映画、文学、ボクシング、今後のことについて酒を交わしつつ楽しくお話させてもらった。課長を何とかして僕の思惑に引きずり込みたいと思っているし、ご本人にも率直にその想いを伝えている。課長は「土井君が家族と過ごすいまの期間は、のちに振り返っても大切な時間だったと思えるんじゃないかな。あのジョン・レノンだって、いまでいう育児休暇を取っていたくらいやからね」と言ってくれた。男が育児に介入しづらいいまの日本の社会構造には甚だ疑問を覚えるが、それも各人の人生に照らし合わせて考えれば良いのかなと最近は思う。でかいものを相手取ったって、なかなか思うようにはならないし、自分のことなら考え方ひとつでどうにもなるからね。僕のように強引に「育児休暇」らしき期間を創造することもできる訳だし。とにかく互いの現状と今後について語り合うステキな晩酌となった。課長、ありがとうございました。

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酒の席では肴との対話も重要。

本日の一本。阪本順治監督 / ジョーのあした
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20年間の時間の重みと辰吉丈一郎の顔のみで構築されたドキュメンタリー。顔は人生であり、人生は顔だ。人生が表情に宿るという意味ではなく、言葉通りに受け取って欲しい。阪本順治監督と言えば『顔』という傑作フィクションを獲っている人だけど、本作こそが「まさに」という感じがする。映画は人間の顔だけで成立させることができる。これはドキュメンタリーならでは…と言うよりも本作のような切り取り方はドキュメンタリーにしかできないと思う。時間の堆積は年齢に比例しない。天才、カリスマと言われ続けてきた辰吉丈一郎の本当の凄さを知るにはリングだけを見つめていてはダメなんだと思う。むしろリングには何もないのかも知れない。だから辰吉本人も辞めようとしないのだ。いや、外野からとやかく言うのはやめにしよう。なんせ彼は「もうちょい待っててよ、頑張ってるから」と言っているのだから。本作もいま観ることができて本当に良かった。素晴らしい映画=人生=顔です。
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未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/02/25 10:24
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